叔父が亡くなった2013年05月22日 12時30分49秒

 昨夜、義姉から叔父が亡くなったという電話が入った。長く末期がんを患い、最近も肺炎を起こして入院したという知らせを聞いていたので覚悟はしていた。

 叔父は私にとって父親代わりの存在であった。父と違ってユーモアに長け、どこかひょうひょうとしていて肩の力が抜けたような生き方を見ているのが大好きだった。季節になると山からとってきた松茸を送ってくれた。鮎釣りも大好きで、なんどもいただいた。それに引き替え、私はどんなお返しができたか。。

 かつて私が大学で休学留年を繰り返し、人生に悩んでいたとき、叔父が心配して声をかけてくれたことがあった。酒を飲みながら、いっしょに悩みを聞いてくれた。かけがえのない叔父だった。

 叔父には長男がいた。その長男を海の事故でを亡くした。そんな悲しみを通ってきた叔父であった。たぶん、長男と同じ年代の私のことを息子の代わりとして見ていてくれていたのかもしれない。

 最後に叔父にあったのは昨年の三月。あの頃はまだ元気で、お酒もたしなんでいた。妻と私の息子と三人で叔父の家まで車で送り、帰ろうとしたときである。玄関から本道出るのに50メートルほどではあるが歩いても結構大変な急坂がある。その坂道を叔父は走り、車を追いかけてきた。窓越しに息子の手を握り、別れを何度も惜しんでくれた。叔父は、これが最期だろうと覚悟していたのだろう。

 「いのちのバトンタッチ。」なにか大切なものをあのとき叔父から確かに手渡してもらった。私はそのことを忘れずに生きていこうと思う。

 叔父に出会えたことは私の生涯の宝であった。

昨日の夕練2013年05月22日 22時21分06秒

 月曜日に遠出をした回復走を目的として、火曜日夕練に出かけた。回復走なので、がんばらない。上り坂になればはやばやとインナーに落とす。走るのがこんなに楽だったのかと新しい発見もあったりする。

 さてコースはいつもの小林峠往復、帰り道に平和霊園経由というところ。
 その小林峠を目指して盤渓あたりをちんたらこいでいたとき、後ろから忍び寄る影。ちょうど夕日が背後から射していたので、ほんとうに影が見えるのだ。ギアチェンジする音も聴こえる。後ろ振り返るとやっぱりローディ。右手をふって前に出るようにサインを出す。前に出たローディの後ろ姿を観察。むむ、おぬしできるな。バランスが整っていて、力んでいない。たんたんとペダルを回しているのに、ペースが落ちない。

 少し距離を置きながら後ろをついていく。ヘアピンカーブの斜度がきつくなる区間。ひそかにすぐ後ろに追いつけるかもと期待したが、相手の速度が落ちない。じょじょに離されていく。最後まで背中は見える距離ではあったが、完全にこちらの力負け。まいりました。

 と言いながら、内心昨日の疲れが残っていたのでと悔しい言い訳なんかを考えたりもする。

 お相手の年齢は30代から40代くらいだったろうか。年齢差の割になんとか食らいつくことができたと自分を慰める。

 やっぱりときどき他の方の走りを観察するといろいろ参考になる。

RFスイッチングダイオードMA2S077を試す2013年05月22日 22時32分12秒

 Reflektorの電圧設定部分、これまでMOSFETを試してきたが、限界が見えてきた。

 発想を変えてRFスイッチングダイオードの可能性を追求してみることにした。たまたま手に入ったMA2S077。すでにディスコンになっている品種ではあるが、同等品はいくらでも見つかる。

 昨夜、水晶発振器用レギュレータに入れてみて好印象を得たので、さきほど1.2Vを除く全レギュレータに投入した。

 エージンしていないままなので、少し高い方にきつさがある。しかし、MOSFETとは全く違う音に思わずガッツポーズ。MOSFETはどこか無理をした音だったとわかる。こちらは非常にスムーズで内蔵を揺るがすかのような低い音が出るかと思えば、さわやかで清々しい音も出る。

詳しい評価は今週末以降に。