カスコード増幅回路を考察する2019年08月28日 10時50分17秒

休暇の最終日。普段なかなか手をつけられないでいた宿題を片付けておこう。

Tube CAD Journalに、2016年4月30日のの日付でカスコード増幅回路に関する非常に興味深い記事が掲載されている。まずは下の回路をご覧いただく。(出典 Tube CAD Journal)

左側は、真空管とトランジスタで構成されたカスコード増幅回路であることに異論はない。では右側の回路はどうか。このサイトの管理人であるJohn Broskie氏によれば、シミュレーションによってPSSR、出力インピーダンス、ひずみ率ともに全く同一で差がなかったと報告している。
しかしながら同氏は、出力される位相が180°違うことを根拠に、この二つの回路を同じ名称で呼ぶべきではなく、右側回路についてはRetrograde-Cascodeと呼ぶよう提案する。

どう呼ぶのかについてはいろいろ議論がありそうだが、右側もカスコード増幅回路の一種であることには間違いなさそうである。問題は、ではカスコード増幅回路の本質は何であって、右側回路はどのようにしてその本質が実現されているかである。

ある方が右側回路を見て、これはカソードフォロワーの変種ではないのかと述べたそうだが、それは誤りであろう。なぜならもしカソードフォロワーであるならカソード電圧は信号によって変化しなければならない。ところがこの回路ではPNPトランジスタによって固定されている。

実はそこにヒントがある。左側の回路を見るとプレート電圧はNPNトランジスタによって固定され、なおかつカソード電圧もコンデンサによって交流的に固定されいていると見なすことができる。すなわち、どのような信号が加わってもVp-k電圧が変動せず固定されている、これがカスコード増幅回路の定義であろう。

翻って右側回路を眺めてみると、プレート電圧は交流的に接地しているので固定されている。なおかつカソード電圧もPNPトランジスタによって固定されているので、立派にカスコード増幅回路の定義を満たしている。

John氏は1988年に次のようなアンプを作ったという。友人たちには散々なコメントもらったそうだが、今から見ると非常に先進的な回路である。(出典 Tube CAD Journal)
同様の回路を2015年頃に「単管ドライブアンプ」と称してK氏がMJ誌に発表しているが、あれは残念ながらオリジナルではなかった。
John氏は、NFBをかける際に出力電圧を注意深く反転入力側に戻し、カソード側にあるPNPトランジスタがカソード電圧を固定する役割に徹するようにしている(出力電圧を安定化させるためにサーボアンプの出力をベースに戻しているが、交流的にベースは接地されているとみなすことができる)。

このようなすばらしい開拓者に励まされて、KT88ppアンプの初段には右側回路を応用したカスコード増幅回路を採用した。
しかしそのままコピーというわけではない。まずは次のシミュレーション回路を見ていただく。
左側のCase1はカソード電圧を固定したカスコード増幅回路。この回路を維持しながらNFBをかけたいというところから検討が始まった。本来であればJohn氏のように反転入力側に出力を戻せば事足りる。しかしそうなるとどうしても入力インピーダンスが低くなり、汎用性が若干犠牲になる。

そこで考えついたのが、右側のCase3のようにPNPトラのベースにNFB電圧を戻す方法。しかしこうなるとPNPトラはもはやベース接地動作ではなくエミッタ接地動作とみなさなければならず、出力インピーダンスは低くなるとともに、ミラー効果も生まれるはず。そもそもこの回路は、6DJ8のカソード電圧が固定されていないのだから、カスコード増幅回路の定義を満たしていない。

「ものごとは二つと良いことはない。」これは心理学者であった河合隼雄氏の口癖であったようだが、今回もまさにそのとおりで、どこかで妥協点を求めることになる。
一つは、Case3のままでも得られるメリットが大きければよしとする案。もう一つは、Case3で生じた出力インピーダンスの低下を防ぐためにPNPトラに対してカスコード増幅回路を設ける案。それが真ん中のCase2である。

シミュレーションしてみると意外なことにCase3ががんんばっていて、歪み率だけ見ればCase3が優位にある。ただしカットオフ周波数はCase2にはかなわない。そこはきちんとカスコード増幅回路の効果が出ている。

この結果をどう評価するか。
部品点数の増加を抑えるならCase3を選択すべきだろう。ただし、KT88ppアンプはバランスタイプなので、ホット信号とコールド信号の対称性を問題にしなければならない。そうするとCase3のQ4トランジスタのマッチングが必須となる。表面実装部品ではかなり面倒な作業となる。

ところが、Case2ではQ2にかかる電圧を小さくできるので小信号トラが使える。回路図ではZTX560となっているが、ここはスルーホールの2N4403を使う。すでにマッチングしたものが引き出しの中にあるという理由と、もうひとつ、かつてMark LevinsonのJC-1DCに2N4403が使われていたとの理由からこれを採用した。もちろん製造プロセスは、エピタキシャル・プレーナである。

ちなみに、各回路の周波数特性は以下の通りとなる。
Case2において明らかにカスコード増幅回路の効果が認められ、Case1にNFBを施したときに得られる周波数特性に近似する。

結論。
KT88ppアンプの初段は、6DJ8から見れば純粋なカスコード増幅回路ではない。しかしCase2のQ2をカスコード増幅回路で構成することにより、Case1とほぼ同等の周波数特性を得ることができる。

KT88pp 回路図(暫定版)2019年08月27日 14時08分15秒

Dynaco Mk3のシャーシとトランス類を使ってKT88ppを作っていく。出力段はウルトラリニアをするが、それ以外の回路はすべて手を加えたオリジナルである。
回路図を見ておわかりの通り、初段と出力段が直結であるところに大きな特徴がある。

まずはアンプ部。
回路説明はまた別のコラムで行う。
次に定電圧回路。
プラマイで計4つの出力を出す。初段と出力段が直結なので、電圧変動がアイドリング電流に与える影響が大きい。そのためこのような措置が必要となる。
最後に電源関係。
コンデンサ類はすべてフィルム系を使い、電解コンデンサは使用しない。

KT88(三結)ppアンプ 固定アイアス電源その後2018年06月05日 21時57分53秒

固定バイアス電源の整流にGaNを投入してからだいぶエージングが進んできた。当初の堅さがほぐれて、のびのびしてきた。

結論から言うと、以前のInfineonのダイオードの音から大きな変化があった。変化の仕方はほかの箇所に使った場合と全く同じで、音が雄大となり眼前に音が噴出してくる印象がある。また低音域も拡大し、楽器や人の声の雰囲気が一層生々しくなる。

良いことずくめだが、GaN素子一個で理想のアンプができあがるわけではない。ほかとのバランスがある。このアンプは、おそらく出力トランスの影響なのだろう、高い周波数域の押し出し感が一歩不足する。これさえあれば相当のものだと思うのだが、惜しい。大先輩たちのDynaco MK3の評価の中に「雄大なピラミッド型の音」というのがあったが、言葉を換えれば出力トランスの設計が古いため、高域が速く減衰しやすいということだろう。以前も書いたように、GaNはシステムの弱点をさらけ出してしまう怖さがある。

300Bシングルアンプを固定バイアスで作りたいとの計画を以前から持っていた。この音を聞いてしまった以上、固定バイアス電源にGaN以外のダイオードを使うことなど考えられない。

その前にCirclotronの真空管バージョンを作らなければならないのだが、徐々に当地も暑くなってきたので手をつけるのはもう少し先になるかもしれない。

KT88pp 固定バイアス電源を考える2018年05月23日 22時03分35秒

真空管アンプの固定バイアス電源の音に対する影響について具体的に言及したのは、私の知る限り松並希活先生が初めてではなかっただろうか。(写真はその記事が掲載されいている無線と実験1994年2月号)

この記事によれば、終段管(300Bpp)のバイアス電源の整流に6AL5を使用した結果、「従来のダイオードと違った力強く厚みのある音と同時に、ふくよかな雰囲気のある再生音を得ることができた」とある。ところがなぜか先生のその後の記事で再び採用されることはなかったし、追随する方もとうとう現れなかった。まことに不思議である。

KT88ppアンプの固定バイアス電源の整流ダイオードをInfineonのSiCからGaN(GS666502B)に入れ替えてから9日間が経過した。毎日およそ4時間通電しているので、エージングが完了するのは遠い先である。現時点では、低音が薄く高い周波数域にエネルギーが偏っていてやや足が地に着いていない。それでもSICダイオードからは得られなかった音が聞こえる。

SiCダイオードの時は、低音がゆるく、高い方の音の減衰がはやく始まり、それは無帰還のためにダンピングファクターが小さいのと出力トランスの限界によるものだろうとあきらめていた。ところが、GaNに入れ替えると、あれほど不満に思っていた欠点がほとんど感じられない。この先どう変化していくのか、もう少し様子を見ていく。

真空管アンプの終段を自己バイアスとするか固定バイアスとするか、これまでいろいろ議論があった。世の中は、概ね「長期安定性」と「メンテナンスフリー」のメリットが勝って自己バイアス派が優勢で、固定バイアス派は肩身が狭い(?)

固定バイアスがなかなか普及しない理由は実はほかにもあって、整流素子にSiダイオードを使っていたため、このことが足を引っ張ってしまい、固定バイアス駆動のメリットが聴き取れなかった、それで固定バイアスが歴史的に敬遠されてきたのではないか。
以前は、真空管派が半導体を極端に毛嫌いするのを見て複雑な思いがあったが、今なら理解できる。

もしGaNが固定バイアス電源の整流素子として有望であるなら、真空管アンプの将来に少なからぬ影響を与える可能性がある(と、おおぼらを吹く)。

Dynaco MK3(大幅改造)にGaNを投入する2018年05月14日 22時24分35秒

Circlotronに整流素子にGaN(GS61004B)を投入したのは既報の通り。当初は、スイッチオンの瞬間に破壊してしまったトラウマにとらわれて部屋にいるときだけしか通電できなかった。数日して問題ないことがわかってきたのでエージングのために24時間運転に切り替えた。

エージング時間による変化の仕方は、不思議なことにGaNであってもほかの素子と全く同じようだ。最初は上も下もなだらかに切れ落ちる。それでも素直な音が出る。そこから時間がたつにつれ急激に音がつまらなくなり、聞いていてイライラしてくる。この谷底状態では低音がでず高音に偏るという症状も加わって最悪である。そこから我慢のしどころで、数百時間経過して本調子になる。

CirclotronのGaNもそんな最悪状態を通過して良い方向に向かうかと期待した。ところがよろしくない。GaNが悪いのではない。ほかの欠点が浮き彫りになってきた。以前からわかっていたのだが、初段に使っているFET(2SJ74)の音がどうしても気にくわない。おとは正確なのだが、冷たくて音が弾まない。ひとことで言えば面白くない。音楽ではなく、音を聞いている気持ちになってしまう。
残念ながらここでエージングを中断した。

そこでKT88ppに立ち戻る。ただでは戻らない。終段の固定バイアス電圧を与えている整流ダイオードをInfineonからGS66502Bに入れ替える。回路図の点線のまるで囲った部分がそれ。
実装風景はこのとおり。
まだ入れ替えてから24時間しかたっていないので、少々音が堅い。さすがに24時間通電は気が引けるの、ゆっくりと熟成するのを待つことにする。

ところでCirclotronだが、今のはもう使う気がしないので、初段を真空管に置き換えたバージョンに着手するしかなさそうだ。部品はほとんど用意してあるので、あとは重い腰を上げるだけ。