マムシの次はシカ2020年07月26日 20時06分27秒

マムシが出た次の朝、朝食を食べていたときふと窓の外を見るとシカの集団が公園で草を食んでいるのを発見。すぐにカメラを手にして現場に駆けつけた。

はじめは5頭かと思ったら、あとで笹の陰からもう一頭現れて計6頭。シカは群れる性質をもっていることは知っていたが、これほどの数を住宅街の公園で見ることは珍しい。

こちらはゆっくりと近づいて、およそ15mほどのところからカメラで動画撮影を開始。するとすぐに近所の若い父親が、小学生二年くらいの女の子を連れて見物にやってきた。その子供が興奮しながらやたらに手を振りはじめたたので、シカのほうはびっくりして山の方に後退し、立ち止まるとこちらをじっと見ている。その距離およそ50mほどに離れた。
写真はそのとき撮ったもの。よく見ると、親シカはこちらを警戒している様子なのに、子供たちは無邪気にあちらこちらを向いている。人間もシカも変わらない。
母親3頭に、子供が3頭。ママ友が誘い合って公園に遊びに来たのだろうかと、つい想像してしまった。

家に帰ってから妻と話し合った。「マムし」の次は、「しカ」か。これではまるで尻取りで、そうすると明日は「かバ」でも出るのかな?まさかね(笑)

マムシを退治してから出勤2020年07月22日 21時55分03秒

我が家は手稲山の麓にあるので自然には恵まれている。鹿もいればキツネもいるし、朝には野鳥のさえずりで目が覚めるから無粋な目覚まし時計はいらない。

しかしときには招かれざる客の訪問もあったりする。
自転車で出勤しようと玄関を出たら車庫前に何か茶色い丸いものが見えた。「おや、これは何かしら」と思って近づくとマムシがとぐろを巻いている。近づいても動こうともしない。

畑でベリーを摘んでいた妻を呼んで写真を撮ってもらっている間に、こちらは捕獲の準備をする。と言っても特別な器具があるわけではない。車庫を覗いたら柄の長いちりとりとほうきがあったのでこれを持ち出す。念のため長靴に履き替えて、飛びつかれても良いように防備を整えてから、おもむろにほうきで触れてみる。奴さんは舌をペロペロ出してばかりで動こうともしない。おそらくたらふくごちそうを食べたばかりで動けないのだろう。

これなら襲ってくる気配はなさそうなので、ほうきでちりとりの中に入れ、そのまま近くの公園に走り、山の笹の中に逃がしてあげた。妻はてっきり目の前で殺すと思ったらしいが、とてもそんな残酷なことはできない。静かにお引き取り願った。

数年前、隣家の玄関先にマムシが現れ、私が職場から帰ると妻がそのときの騒ぎについて報告してくれたことがあった。その家の女主人は血相を変えて近所のおじさんに駆除を依頼し、その方が汗だくになりながらスコップで殺処分したのだとか。

生きているといろいろある。

「ソーシャル・ディスタンシング」を「あはひをとる」と言い換えてみる2020年04月02日 10時07分01秒

当地のCOVID-19騒ぎは一時に比べて少し落ち着いて来たように見える。ところがあるドラッグストアの前には開店前に行列ができているのを見て、世の人たちの不安はまだまだ大きいのだと感じられた。
聞けば、ある高齢の方が外に出るのがままならず、気分が落ち込んで体調を崩しておられるとか。こんなときこそ、social distancingを確保しながらではあるけれど、なるべく普段と同じ生活を心がけることで世の人たちの緊張を和らげる助けになればと思う。

余談であるが、最近、オーバーシュートとか、ロックダウンとか、アウトブレークとか、クラスターとか気がつくといままであまり使われてこなかったカタカナ英語がどんどん使われだしていて、なにか策略でもあるのだろうかと勘ぐってしまうほど違和感を感じていた。
かくいう「ソーシャル・ディスタンシング」も、自分で使っていながらわかるようなわからないような。。。なにかふさわしい日本語がないかと考えたりもする。

たとえば、もはや古語になってしまったことばだが「あはひ(アワイ)」はどうだろうか。漢字で書けば「間」である。例文は「あはひをとる。」「もう少しあはひをとっていただけますか。」
これを聞いた方は、「?」となるでしょうね。

がんと言われたが2020年03月02日 19時58分09秒

世間はコロナウィルスで大騒ぎである。
昨日の朝、車で走っていたときのことである。ドラッグストアの前の四車線の道路を小走りで横断する人がいて危ないなと思っていたら、もう一人同じように走ってくる。いったいどうしたのかとドラッグストアの方を見ると列をなして開店を待っている。驚いた。ちょっとしたパニックである。九年前の震災の時や、二年前の地震の時はホームセンターに人が群がっていた。また同じ光景が繰り返されている。不安に思う気持ちはわからないでもないが、ちょっと異常である。

そんな騒ぎをよそに、こちらは先日の手術で切り取った組織片の検査結果を聞きに行った。
名前を呼ばれて診察に入ると、主治医が画像を手際よく見せてくれる。切り取った組織はおよそ50×40mmの大きさで、これを細かく切り刻んで検査したのだそうだ。結論から言えば、やはりがん(悪性腫瘍)になっていたが、幸いにして早期であったので全部取ることができたので完治しましたとのご託宣。一年後にまた検査しましょうと言われて御赦免になった。
おおよそ予想通りなので驚きはなかった。これで私も「がん体験者」の仲間入りである。

検査前に飲むあの2リットルの液体には辟易であるが、健康のためには背に腹は代えられない。毎年飲むことにしよう。

大腸ポリープ摘出手術2020年02月11日 10時37分52秒

これまで病院には二度入院したことがある。一度目は、小学一年の時に扁桃腺を取ったとき。二度目は、大学時代にインド旅行の帰りに法定伝染病にかかり強制隔離されたとき。あのときは一日何もすることがなく、さりとて外にも出られずとにかく暇だったことを覚えている。

昨年末に個人病院で内視鏡による大腸検査を受けたところ、当院では取り切れないポリープがあるので大きな病院を紹介するからそこで手術を受けてくださいと言われことが事の発端である。

遺伝的な体質らしく大腸ポリープができやすいことは知っていて、これまで数年に一度の間隔で検査のたびにポリープを取ってきた。いずれも比較的小さなものだったので日帰りで手術ができた。ところが、前回の検査から五年のあいだ放っておいたことがいけなかった。ポリープが大きく成長してしまい、話も大きくなってしまった。

2月4日に近くの大きな病院に入院。
頭ではわかっていても、心は目の前に起きていることを受け入れることが難しいものである。いかにも具合が悪いというのならば納得いく。ところが、外見的には健康な人間が、いきなり病院のパジャマを着せられ、手首に個体識別のバンドをはめられ、きょうからこのベッドで過ごしてくださいと言われたときは、おおいに戸惑った。
が、数時間もするとすっかり自分も「病人」になっていた。この光景はなにかに似ているなと考えていたら、時代劇に出てくる牢屋である。外では乱暴狼藉を働いていた荒くれが牢屋に入るとすっかりおとなしくなって、日々の細々したことをおなじようになぞり、食事を楽しみに待つ。あれである。気がついたら、歩き方まですっかり病人になっていた。

翌5日に手術。2時間かかった。途中から目が覚めてしまい、内視鏡の画像をスタッフと一緒に眺めながら会話。今回、ポリープの形状とできた位置が特殊であったために、摘出はESD方式で行われた。最後に摘出ポリープを見せてもらったが、意外に大きくて看護師も驚いていた。

6日。一日中絶食。今回の手術で最もつらかったのが食事を摂れなかったこと。入院する日の朝から食事制限が始まったので、実質三日間はまともに食べていない。おかげで体重が2Kgも減り、自転車シーズン中であればいきなりベスト体重であるけれど、今回は体力が落ちるだけなのでふらふらになってしまった。

7日。待望の朝食が出た。病院食にもかかわらず、味噌汁を最初に口に含ませたときは感激した。どんぶり一杯のおかゆをたいらげた。

この後、トイレに行って事態は急変。下血してしまった。真っ赤に染まった便器を見たときは、目の前が真っ暗になった。夢を見ているのだろうか。いやこれが現実。医師に報告したら顔色が変わった。
内視鏡を入れる前に触診するとか、浣腸するとか言って医師や看護師になんどもお尻をさぐられる。命にかかわることなのでプライドも何も捨てるしかない。けつをまくって「なんとでもしてくれ」という気分である。

続いて内視鏡を入れて出血位置を確認し、止血することに。
このときも麻酔があまり効かずに最初から最後まで意識が明晰。医師と一緒に出血位置がどこか探すも見つからず、結局、出血は止まっていたことがわかり安堵。以後、様子を見ることに。

8日。あの後下血もなく安定しているので予定通り退院。
入院したときの手順を逆に踏んでいく。パジャマを脱いで着替える。スリッパを脱いで普通の靴に履き替える。そして最後に個人識別バンドを外してもらい、ご赦免。
外に出たときは思いっきり息を吸った。「シャバの空気」とはよく言ったものである。

当地は今シーズン雪が降らず、記録的な少雪だと言われてきたのに、皮肉なことに入院した日から連日の大雪となった。留守を守る妻が自宅の除雪に追われることになり、すっかり迷惑をかけてしまった。「あとで借りを返すから」と言ったものの、退院した日から雪が降らない。おまけに明日から暖気が入ってくるとのこと。春までに借りを返すことができるのだろうか。それが気がかりである(笑)。

とにかく入院中は予想外の事態も起きて少々慌てたが、こうして普通の生活に戻れたことはうれしい。あとで息子から、出血するのは珍しいことではないと言われ、少し安心した。