いきなり真冬の風景2016年11月07日 16時42分46秒

5日の土曜日から降り出した雨は深夜になって雪に変わった。日曜の朝起きたら、外は真冬の風景に。11月上旬にこのような大雪となったのは、新聞によれば21年ぶりだとか。この家に引っ越してきた年である。

ちょうど、千葉に住んでいる息子が友だちの結婚式があるというので帰ってきたのだが、雪まで連れてきてしまった。本人はしきりに寒い寒いと連発する。結婚式会場まで行くのにコートがないと言う。クロゼットの奥にしまっていたのを貸してやった。

今週水曜日も大荒れとなる予報が出ている。このままでは残念ながら根雪となる可能性が高い。先週木曜日、自転車通勤で走ったのが今シーズンのラストランになるかもしれない。

ついこの間まで暑くて半袖暮らしをしていたと思ったら、あれよあれよという間に季節は移りゆく。こちらの気持ちとからだが追いつかない。

ぎっくり腰2016年10月03日 22時18分11秒

先週金曜日、仕事場に出かけて朝の掃除をしようと掃除機をかけて中腰姿勢になったら、いきなりぎっくり腰になってしまった。一週間まえには熱が出たり、くしゃみが止まらなかったりで、あまり体調が良くなかったのは確か。前日の木曜日には、手稲山に上ってきたのだが、ひどいタイムだったのと、二度挑戦するつもりがまったく足に力が入らずそのまま帰投したことあがった。やっぱりからだに異変が起きていたのかもしれない。

火曜日のきょうになってだいぶ回復してきた。一時はトイレにいくのもつらかった。腰が痛いと、アンプを動かすのもひと苦労である。

腰痛のことを話したら、製薬会社にお勤めのご主人からは湿布薬をいただいた。最近の湿布薬は、まるで皮膚の一部のような感触があり、すばらしい張り心地である。いたく感心した。

おかげであと数日で全快となるだろう。

岩手に帰省す2016年09月22日 14時55分21秒

母の三回忌法要があるというので17日の早朝の便で花巻に向かった。空港には、青森で勤務している息子が車で迎えに来ていてくれた。

そこから実家近くにあるお寺に向かう。法要が終わると、北上駅前にあるホテルで親族がそろって会食。隣には同い年になる従姉妹が座り、2年前に亡くなったおじさんの話で盛り上がる。

その後、今は誰も住んでいなくて、千葉にいる兄がときどき帰ってきて手入れをしている実家に戻り、親しい者たちとお茶を飲む。義兄がこの実家の裏にある小屋で蜜蜂を飼っていて、その話を聞く。義兄に言わせると、世話をすればするほど蜜蜂が可愛いのだそうだ。

夕方、皆さんとおわかれして、息子と妻と三人で花巻温泉に向かった。数日前に予約を入れたのだが、連休中ということもあってどこも満室。やっと一つだけ空いていた。二人部屋にエキストラベッドを入れてもらい三人で宿泊。

親子水入らずでゆっくりとホテルに宿泊するのは、考えてみるとこれがわれら家族にとって初めてであった。

息子と温泉に入った。子供の時、しばしば花巻温泉に来たことがあった。温泉の匂いを嗅ぐと、その時の記憶がよみがえってきた。話は自然に自分の子供時代のことになる。父親が何を考えて生きてきたか、少しは伝えられただろうか。

当時はJR(旧国鉄)花巻駅から温泉まで私鉄電車が走っていた。その電車に乗って温泉に行った記憶がある。ネットには電車のマニアが撮影した写真が掲載されていて、それを見るとなつかしく思い出される。

翌日、某所に出かける。そこで思いがけなく高校時代の同級生に出会った。お互い若いときの顔の面影はなくなっていて、最初は「あなたは誰」状態だったのが、話を聞いているうちに「お前は!」となっていく。実に面白かった。おかげで心のなかに四十年間かかえてきた、その同級生に関する疑問が解け、まるでミッシングリングがつながった思いがした。

この後空港に向かう。
昨年の1月、母の葬儀のときやはりここから札幌に向かおうとしたのだが、あのときは吹雪で欠航となり、その後艱難辛苦を辿ってやっと札幌に戻ったものである。今回は無事に飛んでくれた。

その帰りの飛行機の中でのこと。
千歳空港に着き、さあ降りようとして準備していたら、突然声をかけられた。「もしかして◯◯さんではないですか。私はMと言うものです。」振り返ってその顔を見て驚いた。Mさんは私が25年前に勤めていた会社の上司であもあり、大学の寮の先輩でもあった。Mさんも岩手県出身でたまたま実家に行って戻るところだという。
こちらは25年前に会社を辞めるとき大変迷惑をかけたことをお詫びした。Mさんは「いやいや、もういいじゃないですか」と言って笑ってくれた。

花巻空港から帰る便には、思いがけない方が乗ることがあった。
やはり20年以上も前のこと、息子がまだ幼稚園生の頃である。女優のNさんが乗っていたことがあった。Nさんのご主人が盛岡出身で、当時札幌の支店に勤めておられた。先出のMさんとも仕事関係でおつきあいがあって、私はMさんを通じて少しだけ消息に接していた。

預けた荷物を待っているときに、Nさんを間近で見ることができた。映画で拝見したとおりに美人であった。が、妻も負けてはいないぞ、とそのときは思ったものである。

Nさんのお父様はやはり有名な俳優で、小津の作品にもよく登場する。

ただいま休暇中2016年09月22日 12時04分27秒

9月16日から年に一度の長期休暇に入っている。きょうはその前半部分の最終日。明日と明後日は出勤して、26日から29日が残りの休暇となる。

以下備忘録
16日 翌日から岩手に帰省するための準備。午後から手稲山ヒルクライム。
17日 岩手へ飛行機で移動。母の三回忌法要に出席。花巻温泉に宿泊。
18日 朝、知人がなくなったとの知らせを受ける。花巻から札幌へ移動。
19日 知人の葬儀に出席。
20日 家の東側に犬走りをつくる工事。
21日 腰が痛くて家で過ごす。

こうしてあっという間に休暇は過ぎていく。

息子 久しぶりに我が家へ2016年09月05日 20時39分00秒

 息子は関東圏に居住しているのだが、この4月から半年の予定でA県に単身赴任中である。普段はとても忙しいのだろう。なかなか我が家に寄ることはない(寄りつかない)。

 それが今回、友人の結婚式があるというので10ヶ月ぶりに顔を見せた。帰って来れば地元にいる友人たちと会うのに忙しく、親と会話できたのは数時間だけ。今朝、慌ただしく帰って行った。

 聞いてみると彼もいろいろと艱難辛苦を味わっているらしく、「これがどん底かなと思ったらもっとひどいどん底が待っていた」と語っていた。親として複雑ではあるが、振り返れば我が身もそんなところを通ってきた。

 いまはまだ出口は見えないかもしれないが、いつか「苦しみにあったことは幸いであった」と言える日が来ることを願う。